波紋のこと

半年前から始まった冊子の編集のお仕事が終わりました。
罪を犯した死刑囚が償いのために描いてきた絵と、その方に関わってきた方々との10年の軌跡をまとめた冊子です。
死刑制度についてもこれまで考えを避けてきたわたしに、初めはこの荷が重い仕事ができるのか分かりませんでしたが、どうにかやり遂げることができました。
人が生きるということについて、沢山考えました。もちろん罪を犯してしまったことは悪いことです。しかし、それで死刑という形にして終わりにしていいのか。。
彼を支える方々は生きて償ってほしい、生を全うしてほしいという思いで支えています。

この冊子に関しては、完全に裏方でいくつもりでしたし、このことを書くことも悩みましたが、編集後記なるものを書かせていただくことになり、わたしもちゃんと伝えよう、と腹をくくりました。
答えはきっと出ません。だけど、これからも考え続けることをやめないようにしようと思います。


編集後記にかえて

オークスの荒牧さんと出会ってからこの奥本章寛さんの十年誌をつくるお手伝いをお願いされ、思いがけずこの冊 子の制作に関わらせていただきました。奥本さんのことを知ってゆく中で、奥本さんとわたしの傷というのか、魂と いうのか、奥深くにあるものが触れたのです。
 
冊子は、全体を通して柔らかいものにしたい。何よりも奥本さんの絵は本当に素晴らしく、それを沢山の方に見て いただきたい。という思いからわたしの編集は始まりました。故郷の求菩提への想いや、彼の償いの人生を生きる姿に、 フランクルの『夜と霧』の、“人生からの問いに答え続ける”という言葉がリンクして、心を動かされたのは事実です。
 
ここにある文字や手紙や絵、奥本さんの全てが罪の償いの行為であり、生きた軌跡です。
わたしはこの編集に関わらせていただき、死刑という、いままで自分から遠ざけてきた問題、そして自分の弱さに も向き合うきっかけとなったような気がします。人は本当に弱いのです。
 
この冊子を仕上げるにあたり、間違いというものが私には一番怖いものでした。奥本さんの十年と、それを支えて きた周りの人達の思いを考えると、わたしの間違いでその全てを台無しにしたくない。完璧な状態にして送り出した いと思っていたし、それが私の仕事でした。間違わないよう、入念に、制作に関わった人たちと何度も何度も間違い を探して訂正し、もう間違いはない、と意を決して印刷に出しました。
 
しかし、あんなに確認したにもかかわらず、最後の最後の一文である、“だからこそ彼には生を全うして欲しい。” という言葉が、“全うしてして欲しい。”という一文になっていたのです。どうしてここを見落としていたのか、と自 分の目を疑いました。最後の大切な一文。間違ってしまったことを、自責しました。わたしは完璧にこの本をおくり だしたかったのに、悔やんでも悔やみきれません。
 
この間違いを自分の中でどう消化していいのか分からず一日を過ごしました。上から紙を貼るのも台無しになるよ うな気がしたし、仕方がない、とポジティブにもなれませんでした。ただこのままで終わらせられないということは わかります。
 
一日経って荒牧さんと話し、周りの方々がこれはこのままで、素直に間違ってしまったことを書くことが、この冊子の最後にふさわしいという結論を出してくれました。 そしてその言葉を私に託してくれました。私の仕事の着地点は、間違いなくこの冊子を仕上げること、それでも間違ってしまった最後の一文から、言葉を紡ぐことだったのか、と今これを書きながら思っています。
 
この提案は、わたしのどうしようもない自責の念を、これからも続く日々のスタートに変えてくれたように思います。そうして改めてはっと気づきました。奥本さん自身がとんでもない間違いをおかしてしまった。間違いから始まっ たこの十年の歩み。だけど、その間違ったあとの生き方をみせてくれたこの冊子にこそ、わたしは赦されたような気がしました。
それは人間は間違うものだという、温かな人間への肯定のように感じます。
間違ったら全ての終わり。いつからかそう思って間違うことを恐れながらわたしたちは生きています。だから、人 の間違いも簡単に赦すことができず苦しむこともあります。間違っても、間違いを認めて謝る姿。そしてその後にど う生きていくのかこそが、人が生きることなのではないでしょうか。初めにも書きましたが、人間はそんなに強くは ないのです。
繋がりという言葉が時に怖くなるほど、人を信じられない世の中ですが、人を傷つけ、傷つけられて、でも人に赦 されて生きていることをこの冊子の最後に思ったのでした。それがこの世界の唯一の救いであり、砦のような気がします。
善悪や怒りと悲しみの先にある温かな生への肯定が皮肉にも優しく滲み出ている冊子です。わたしも間違っては赦されて生きてきたことを感謝し、それに気づかせてくれたこの冊子、奥本さん、オークスの皆さんへの感謝とともに 編集後記を締めくくりたいと思います。この冊子がたくさんの人の元へ届きますようにと願いを込めて。
 
                          

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